「江頭観察日記」-7/22(月) -2 (文学風)

 

2013年7月22日

「奴(江頭をさす)が帰ってきた」

12:45に確認したところによると、白い自転車が玄関先に再び鎮座し、13:15ごろ1階に用事があるので、部屋の前を通り過ぎると、江頭のA室の窓が、朝には、閉まっていたが、帰宅と当時にまだ少し開けたらしい。

「気の触れた男を観察するほど、精神的に滅入ることもないだろう」と思われるほどに、「こちらまで、気がどうかしそう」で、「正常と異常」の「境」を「あの異常な幕」のごとくに、「二つの部屋を仕切るわけにはいかない」。

早朝の外出はなく、こちらが「江頭観察日記」を書きはじめたか書いていた最中に、夫婦同伴で、そろっての外出。

現在の日本国において、9時すぎの外出は、「大きな会社の重役クラス以上」であろうに。おのずと、「通勤ではない」ということ見て取れる。

つまりが、「奴の本職は、スパイ行為であり、そのスパイ行為によって、生計を立てている」ということが推測できる。

しがたって、「外出したんでは、おまんまの食い下げ」となり、「できるだけ在室して、こちらの観察と妨害行為を遂行」しなければ、「任務が達成できないという次第」である。

被害者が、このスパイ行為に13年も前から、いや、それ以上まえから「気づいていること」を意図も返さず、「公にならなければ非合法もやってのける」、「ある意味、法治国家である日本下において挑発的・挑戦的な悪行を遂行する」輩(やから)である。

今日も今日とて、昨夜も昨夜とて、「こちらのベランダに平然と白い糞を投下する」という「頭がおかしい行動」をやってのけ、平気で「外出」「帰宅」を「平日の月曜日の午前中から繰り返す始末」

「まっとうな金で生計をたてていない」のであれば、これすなわち「暴力団と相違はどこにある」というのか。

 

こちらとしても、「精神的・肉体的・向上心的」に「ストレス・病気進行・勉強潰し」の「痛い目にあい」、『神の裁き』(最後の審判)の前に、「精神病院か留置場にでもぶち込んでやりたい」という衝動を抑えて、冷静を装いつつも、「観察という合法な方法」と「ブログという糾弾手段」によって「なんとか、日々をしのいでる」。

 

こんな奴を「このまま野放し」にしておけば、「日本国憲法に掲げられている基本的人権」が反古となり「法治国家である日本」を将来担う若者たちにとっても「ヤクザと変わらない人間が裏金を貰い、平然と市民生活の中に迷い込んで、罪なき市民を迫害する」といった「構図を正当化する」ことを「黙認する」ことになってしまう。

 

最後に、江頭の悪魔性の部分を若干解説しておこう。

昨日、「通販でベランダ用の掃除のためにブラシ」を注文した。その翌朝に、「ベランダに二度目の白い糞」ということになる。

むろん、江頭は、こちらが、ベランダ用の掃除道具を購入することを「非合法のよるところの遠隔操作で既知であったろう」

悪魔というものは、「このような性質を持っている」。つまりが、「ひとが掃除している最中に、これ見よがしに、汚しまくる」。「人のやることを妨害し、不快にせしめ、虚偽をいい、言いがかりをつける。」

「暴力団との相違があるのであれば、指摘してみてくれ」

 

***********************************************************

今回は、「文学風に書いてみましたが、書きなれていないので、お見苦しい点があれば、失礼しました。」

芥川賞は無理だな!

 

なお、「本日休養中」

さらに、

部屋から-2

ここから見える「異常な幕」。

部屋の中から。

さらには、書斎の机でこのブログを打っている最中にも、

「このように目障りな幕」が。

「ある種の暴力団」である。

ハリーは、この暴力行為に対して、「それ相応の記述を余儀なくされるので、おのずと言葉が荒くなる」

マトモな人には、「マトモな言葉を」

 

「目には目を」「善には良い語を」「悪にはそれ相応の語を」。

 

地獄へ行きたまえ!